生きるべきか死ぬべきか考えていたらお菓子屋になった

私は大学で哲学を専攻しました。大学には入りたくなかった。でも母親が厳しく、とにかく何かと勝手な理由を押し付けられ行くことを受け入れた。行かないのは親不孝者だと罪悪感を背負わせられる。くらいなら4年間とりあえず大学生活を過ごそう。でも無駄な時間を過ごしたくない。ただでさえ学校というものが無駄で、大嫌いで、それなのにまださらに大学にまでいらない学校生活を自ら延ばさなくてはいけないのか…。情けなくてやるせなかった。ならばせめて自分のやりたい学問をやろう。知りたいことを知る期間にしようと思った。

私はその頃、というか中学生頃から漠然と生きる意味って何だろう、意味がないなら辞めたい、無駄なことはしたくないと思っていた。高校2年生くらいの頃、突然親戚のお姉さんが自死した。産後うつ病だったらしくそれが理由だというのを知らされたのはかなり後だった。その時は母親含め親族はみな自死ということも伏せて大人たちはみな「分からない」といった。分からないなんてそんな訳はない。言えないのならもうそれしかない…何となく察していた。お葬式の間、もやもやする憤りが静かに自分の中に沸き起こっていた。お姉さんの自死、なぜ隠すのか?自死だとなぜ言えないのか?なぜ言ってはいけないのか?その人の最後の決断をなぜ、その人の存在を、意志を、尊ぶのなら、称えずとも受け入れ考えることはしないのか?

17,18歳の私はそんなふうに思っていた。ずっと引っかかっていた。今なら言えない、言いたくない大人たちの心情も分からなくはない。ただその頃は納得出来なかった。

望まない大学進学、それなら自殺がいけないことなのか、人生は生きるに値するのか、先人賢人たちの考えを片っ端から聞いてみる。それをまずは大学入学からしばらく期間を過ごす目的にしようと決まった。

哲学科を専攻してまず最初に教授たちの挨拶や哲学科というものについて説明があった。そこで初めて知ったのか哲学というものへの偏見。おかしな人、将来なんの役にも立たない学問、就職に結び付かない、など…教授たちは教授になれたから社会的に見栄えのする者になれたけど、なれなかったらどうするんだ、という感じで親にも言われたとか、教授たちも苦労をしてこの場に立っているとのことだった。新入生の自分たちもそういう目で今後見られる可能性がある。確かに大学進学のほとんどの目的が就職への繋ぎ。より良い就職先へ繋がるようより良い大学に行くというのが当然の前提だった。

すべてが馬鹿馬鹿しかった。私は生きるか死ぬかを決めるために来ただけなのだ。シンプルだった。でも大学は思った以上に良い場所だった。知りたいことがいくらでも調べられて見聞を広めるともっともっといろんな世界があると自分の視野、価値観を広げてくれた。

肝心の生きるか死ぬか、自殺について、生きる意味、死なない理由、なぜ死なないのか、自殺はタブー視されている、統計、宗教、哲学者の考え、いろいろ調べた。2回生の頃にやり尽くしたと思った。納得出来るような答えらしきものはもう出て来ないしおそらくこれからも無いということがわかったところで納得した。

私は生きることにした。意味のない人生をまだ、ただ過ごしていくことにした。

私は大学を卒業してから一度も就職していない。アルバイトはしたけど正社員になっていない。今お菓子屋をやっていて、普通には食えている。

大学では多様な価値観、文化、生き方があると分かったのに、そういうことを学ばせておきながら、そこそこの企業に就職できないと人として無価値という洗脳を受けていた。矛盾。

今もその頃からあんまり変わってはいない。世の中はずっと暗い空気が漂っている。でも私は嫌なことをせずに生きられている。ありがたい。

今日は千葉雅也さんと坂口恭平さんの対談を観た。遠からぬものを感じる。私はお菓子屋になったのは、お菓子を作ることは多分一生辞めないと思ったから。作ることがとにかく好きだった。その中でもずっと続いていること、自分のためにしてあげられることがお菓子作りだった。純粋に楽しめる、終わりのない学びであり癒やしだった。

まだ坂口恭平さんのことを今日知ったばかりなのだけど、生き延びるために毎日「作る」ことを推奨しているよう。私にとってはとても腑に落ちる、自分に当て嵌まる。生きるか死ぬか考えていてお菓子屋になった。(千葉雅也さんも最近知って本を読んだ。しっくりきた。千葉雅也さんが本の中で紹介していた坂口恭平さん。自分の分野過ぎて驚いた。出逢いに感謝。)

お菓子屋は本当に高望みはなく、ビジネスになればいいな、お小遣い稼ぎにでも出来ればラッキーだなという気持ちでもう始めてしまった。対談の中でパッケージする、額装する、ととたんに商品になるということが語られていた。自分の体験で同じようなことを思っていたのが「店」。店っていうのは店名をつけて看板を付ければもう店なんだ、と。店を店たらしめているのは店名、屋号。もうそれだけ。そういうパッケージをつけるかつけないかだけなんだと思った。私はただのお菓子作り好きお姉ちゃんなのに店名をつけて、看板もつけてとどめに「いらっしゃいませ」などといえばそれはもうある日突然完全な店の人なのである。なんだか騙しているようで恐ろしい気がした。でもこういうものなんだと思った瞬間でもあった。身の回りにある物ももしかしたら思っているほどすごく難しく縁遠いことではないのかもしれない。やろうとさえしていないだけで。

対談でとにかく本番をやってしまえということだったのでそれに従ってこの文章を書いている。中学生の頃にマイスペースという自作のホームページを作ったのをきっかけに、そこでほぼ毎日長い文章を書いていた。無料レンタルサーバーでホームページが作れると友達に教えてもらい、自分の自己表現の場を得て何やら何者かになったような気持ちになった。これもパッケージである。それも大学2回生くらいまでほぼ毎日続けていた。6、7年間。高校生ぐらいの頃はとくに熱中していて毎日2、3時間、お風呂の中でお湯が水になるまで書いていたこともあった。いくらでも書いてられるくらい、のめり込んでいた。書いていたというか打っていたのだけど。まだスマホではなかったからボタンを連打していたのだ。今は指の力がいらない。時間が経ったなぁ。

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